4ダックスと料理大好き父さんと日々のこと・・・
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もう一つの・・・
1月7日は午前5時過ぎシンバが虹の橋を渡ったその日は
長い休みを終えたばかりでしたので、ずっとシンバの側にいてあげることが
できず涼しい部屋に安置して仕事へと向いました。

そして夜は、いつものお友達がシンバの元へ駆けつけてくれました。
ヴィントのことがあって2ヶ月でシンバが逝ったことはお友達も
私達のことをとても心配してくれました。(有難うございました)

遠いところからも駆けつけてくれたお友達を見送って家に戻ると兄から電話が

父のことでした。

病院から電話があり父が呼吸をしていないようなので、
すぐに病院に来るようにということでした。
またシンバを一人にさせなくていけないのがとても辛かったけれど・・

とうさんは少しお酒を飲んでいたので、私が運転することに
今の車に慣れていないしどこに行くにも父さんの運転で、
それに車はATなのに、左足も使った?
なんていうものだから、父さんからばかじゃないとっと叱責され
でも何が何だかわからなくて・・

それと困ったのはバロンでした・・・私達が落ち着かなく準備しているので
ブランは寝かせて、仕方なくバロンを連れて病院へ向かいました。

病院に着くと兄達が既に到着していてお父さんは?っていうと
兄たちも病院に向っている時、11時30分に死亡の確認をしましたと
連絡があったそうで,葬儀屋さんに連絡をしていたところでした。



その日の夕方、兄から病院に行きますかと連絡がありましたが、
シンバの事を伝えると兄が病院に行ってくれて、4時間後の事でした。

父は誰にも看取られず、一人で逝ってしまいました。
1月7日 11時30分逝去 95才でした。

シンバと父と・・・同日に大事な二人を亡くしてしまうなんて・・・


昨年のお正月、父と二人で過ごした時に父と初詣に行き、
父の案内で島めぐりをしたことが思い出され、父と良い記念になったね〜って
話してから一年・・・
義姉から母の病院に来た時の写真が送られてきたので、
母にもみせてもらおうと写した写真が↓こちらです。

改まりながらも微笑んで写真におさまってくれた父の顔が大好きです。
この時94才でした。
100才まで生きるからと言っていたのに・・・



母にも会わせて上げたかった・・・


それは、12月26日(木)14時から院長先生とのカンファレンスの日
兄がいけないので、私が行くことになっていました。

そしてその日、兄から連絡が父が下血し酸素マスクをつけているので
驚かないで下さいと病院からの電話を受け、そのことを伝えてくれました。

病室に行くと父はナースステーションに直結された血圧計などの機械が
置かれた病室にいました。

そして2時過ぎ、別室でカンファレンスが始まった時に伝えられたのは
父が年末までもつかどうかということで、大変驚きました。

赤血球が半分ぐらいまで下がっていること、当日の朝の血圧もかなり下がって
いたらしく・・・私が行った時は血圧は通常まで戻っていました。

輸血をするかどうかの判断など・・
電話で兄と相談して輸血をして頂くように伝え、翌日のお昼から輸血をして
頂くようになりました。
食事に関しては偏食と味の濃いものでなくては食べないということもあり
病院食を受け付けなくて、点滴ばかりが続いていましたし
動作も自分では立ち上がることもできなくなっていました・・・
元気だった頃、中津宮に天の川と言われる場所に流れるご神水がありその水を
汲んできてはお茶を飲んでいた父は、年齢と共に足も悪くなり水を汲みに
行くこともできなくなり、入院中は山の水が飲みたいと口癖のように
言っていました。

そういうこともあり、もしかするとお正月はと・・・心してはいましたが、
お正月を乗り切ってくれましたので、少し安心していました。

本当はお正月2日、3日は・・・母も父も1泊だけ外泊させるように
兄達と計画していました。
そうなると兄達だけではとても介助ができないので、私達も兄の家に泊まり
それぞれが介護にあたるように、それと料理等はとうさんが作ってくれることで
話を進めていましたがお互いを会わせることはできませんでしたし、

母に父が逝ってしまったことを伝えることはできませんでした。。

そして、
2014年1月7日は私達にとって忘れることのできない日となりました。


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そろそろお疲れが出る頃ではないですか?
本当に寂しいだろうと、ママのお気持ち、察するに余りあります。
お父様、シンバ君、大切な家族をおくられたのですから。。。
大切な人を失う喪失感は、本当に大きくて、人生これほどの「無情」はないと、玲雄を失って、つくづく思いました。
暫くは、心も体も休まらないでしょうけれど、お体ご自愛ください。
Chama | 2014/01/22 23:22
*chamaさん
ご訪問有難うございます。

昨年のヴィントの事からシンバの病気発覚時には
シンバに会いに来て頂き、お疲れのところ、
シンバや父のお通夜にと来て下さり本当に
有難うございました。
いつもワン友に支えられている我が家は
幸せだとつくづく思います。
それに、何かあるとママに連絡をして、いつも
辛い思いをさせてしまい申訳なく思っています。

玲雄君のことも、まだまだ喪失感で辛いと
思いますが、どうぞお身体には充分気をつけて
下さいね!

そして、いつも心の支えになって頂いて本当に
有難うございます。


ブーママ | 2014/01/23 12:50
なんと申し上げてよいのか・・・
更新がないことで案じておりました。

短い期間に次々と愛するご家族の旅立ち
どんなにお辛い日々でしょう

どうぞくじけずに・・・
少しずつ少しずつ元気になってください

お父様とシンバくんのご冥福を心よりお祈り致します






あやさわ母 | 2014/01/23 16:59
シンバ君のこともお父さんのことも
想像だにしなかった報告でした・・
泣く間もないくらいバタバタしたのでは
ないですか?
いつまでたっても心落ち着くときはないでしょうが
どうかご自身のことご自愛されますように。
ご冥福をお祈りいたします・・
くーちゃん | 2014/01/24 00:42
*あやさわ母さん
ご訪問有難うございます。

そしてブログにも伺えず随分とご無沙汰してしまいました<m(__)m>

ヴィントがいってからというもの、今度はブラン達にと思っていた時にシンバの病気でしたので
とてもシンバに申訳なくて・・そして父の事と重なり正直気持ちも「無」の状態でしたが、
毎日しなければいけないことがあることは幸せな
ことだと思いブランやバロンの事を考えながら生活を送っています。

いつも私達のこと案じて頂き本当に有難うございます。
休みの日はいつものように公園に行っておりますのでまた会えるのを楽しみにしております。

いつも有難うございます。
ブーママ | 2014/01/24 16:58
*くーちゃんさん
ご訪問有難うございます。

昨年末から悲しいことが続いた我が家・・・
何で?っておもいながらも
今は「無」の状態から・・
いつもみなさんに見守られ今は落ちついた
日々を送っております。

悲しんでばかりだとブラン達に申訳ないですものね!
いつものように公園に行って楽しく過ごしたいと
思っています。

いつも有難うございます。。

ブーママ | 2014/01/24 17:03
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